硯がぼくの手元で迎える「完成」は一時的な造形の話に過ぎません。
山から産み落ち石となり、
石は硯へ転成し、
主人に出会い旅に出ます。
時を超え主を越え、未完の旅を続けていくのです。
在り難くも作硯に携わり続けることができた25年間。
旅支度を終えた硯たちから抜粋し、毎週一面ずつその姿を此処に記録してまいります。
而今。
これは硯の旅のプロローグ。
最後までお付き合いいただけましたら幸甚に存じます。
はじめに
2020年7月 製硯師
- 而今(にこん)とは
- 而今とは 「今、その瞬間」を指す禅語。ただ、時間的な意味だけを表した言葉ではなく、その瞬間に在る心の様を含みます。
02
端渓老坑天然日月硯
たんけいろうこうてんねんにちげつけん
良い素材は特にそう思わされる。
何もしない方がよかったになってはいけない。
この考えが造形的な思考を上回った結果、
製作当初は硯板(けんばん※墨池のない板状の硯式)を考えていた。
表裏ともに見える石紋が美しい。
側面にも自然の尊い姿が刻まれていた。
石の構造は高密度だが刀を入れれば柔らかい。
彫り味と磨り味は概ね比例する。
全ての面から最高クラスといえる素材だった。
手を加えるのが勿体ない。
人為的造形などおこがましい。
など色々と言い訳を考えては造形概念を持ち込むことから逃げようとした。
勿論少ない手数で高い精度の硯にできればそれにこしたことはない。
そのような名硯は過去にも作られ伝えられている。
しかしそれは素材にとってベストを探した結果でありたい。
用の美に照らし素材を活かす。
そこから逃げてはいけない。
結果この形に行き着いた。
墨池に見立てた月が墨堂の白い石紋、蕉葉白を照らす。
側面には鋭い造形を設けて穏やかな自然の美観を引き立てる工夫とした。
硯縁は設けずなだらかな臼状とし墨堂を大きく取った。
磨りたくなる。触れたくなる。眺めていたくなる。
味わったものが誰かにその感動を伝えたくなる。
作り手はそこに導く者でありたいと思う。
石も料理と同じかもしれない。
素材を活かしきることから理由をつけて目を背けてはいけない。
バックナンバー
動画
「製硯師」
硯に山を。山に硯を。
「ひたすらに、磨る」
而今。硯は全力でこうである。
プロフィール
青柳派四代目製硯師 青柳貴史
1979年2月8日 東京都浅草生まれ。
浅草で80年続く和漢文房四宝「寶研堂」四代目。
16歳より祖父・青柳保男、父・青柳彰男に作硯を師事。日本、中国各地の石材を用いて、各時代に対応した硯式(硯の製作様式)の硯を製作。さらに、修理・改刻・文化財の復元・復刻製作に従事している。20代より中国大陸の作硯家との交流を経て伝統的硯式の製法研究、現地石材調査を続けている。技術の継承だけでなく、二千年続く硯芸術の熟成を目指して新たな硯式の提案を自身の作品を通じて発表している。
一方、地球外の石(鉱物)を用いた硯製作など、硯に対して未知数の素材開拓も続けている。社会活動として学校などでの講演を通し、日常生活における毛筆文化の復活に注力。
【活動】
- 大東文化大学文学部書道学科非常勤講師(2016年~)
- 「夏目漱石」遺品の硯を修復 (2014年)
- 「夏目漱石」愛用硯を復刻製作 (2017年)
- 日本で初となる北海道での硯材採石、硯製作に成功 (2018年)
- 世界初、月の石を硯化(2019年)
- アウトドアブランド・モンベルと共同開発した「野筆セット」を発売(2019年)
- 山に直に硯を作る「山硯」を製作(2020年)
- 在宅美術館開設(2020年)
【展覧会】
- 個展「青柳派の硯展」(2018年2月20日~3月5日)
- 個展「~日々~ 製硯師青柳貴史の硯展」(2019年11月17日~24日)
- 個展「~日々~ 青柳貴史の硯展」(在宅美術館2020年5月21日~7月21日)
- 個展「~而今~ 青柳貴史の硯展」(在宅美術館2020年7月21日から)
【著書】
- 「製硯師」 (天来書院 / 2018年刊)
- 「硯の中の地球を歩く」 (左右社 / 2018年刊)
- 「山硯~日本の硯に再会す~」(SUPER EDITION/2020年刊)
【主な出演歴】
- TBS「情熱大陸」
- NHK「美の壺」
- TBS「クレイジージャーニー」
【主催】宝研堂 【演出】藤田圭(Kei’s Factory)
【撮影】河内彩 【映像】川滝悟司
【協力】ノースプロダクション
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