【端渓老坑牡丹獅子硯】しばしば硯式題材にあがる獅子も、硯背面への板彫りはそう見ない。数年前に私に託された二つの材がある。中身の硯がなくなり行き場を失った骨董の牡丹刻硯箱。破損後、廃棄の依頼を受けた老坑硯。廃材とされた二つの材だが、ふたたび生かす考えを練った。老坑は百硯の王である。牡丹は百花の王である。獅子は百獣の王である。無敵の獅子も唯一恐れる存在がある。己の体毛に寄生し皮を破り肉を食らい死に至らしめる獅子身中の虫である。しかしそんな虫も牡丹から滴る夜露を浴びると死んでしまうという。よって獅子は毎夜、眠るときに牡丹の下で眠るのだ。そこは獅子にとっての安住の地である。見る者にとって、己が休まる安住の地、拠り所を思い返すことができる硯の姿を目指した。背面額抜きの下部、安息のひとときの獅子の後姿のみを彫刻した。
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撮影:齋藤芳弘