たんけいましこう しゅうようけん
硯にもブームがある。 作り手の立場から考えてみると流行の構図とは、社会が硯に求めた内容と、製作側の提案が重なった部分に生まれるように思う。 作り手と使い手の掛け合いで磨きだされたデザインではないだろうか。
この硯では日本が江戸時代だった頃に中国で広く流行した硯の一例の再現を試みた。 秋葉硯という硯式は主に秋海棠の蕾と葉を刻したものをいう。 秋海棠は多くの蕾をつけることから、子孫繁栄、五穀豊穣を願った吉祥図案である。 本硯は造形的な再現だけを狙ったのではなく、根本的な再現製作として取り組んだ。 現在は採掘されていない当時の麻子坑石が必要だったため、既存の古硯(当時作られた硯)を分解し材料に戻し製硯した。
ただ、この製硯には答えの見つからない点があった。 当時の硯工の絶妙な仕事の辞め時である。 それは量産硯に施せる精一杯の手数の結果だったのか、はたまた当時の硯工が持ち合わせた製硯イズムだったのか。 どちらにせよ成長を楽しめる姿でまとまっているように感じる。 使い手が育てる余地は残したのか、残ったのか。 今でも正解が見つからない。
撮影:河内彩
硯にもブームがある。
作り手の立場から考えてみると流行の構図とは、
社会が硯に求めた内容と、製作側の提案が重なった部分に生まれるように思う。
作り手と使い手の掛け合いで磨きだされたデザインではないだろうか。
この硯では日本が江戸時代だった頃に中国で広く流行した硯の一例の再現を試みた。
秋葉硯という硯式は主に秋海棠の蕾と葉を刻したものをいう。
秋海棠は多くの蕾をつけることから、
子孫繁栄、五穀豊穣を願った吉祥図案である。
本硯は造形的な再現だけを狙ったのではなく、
根本的な再現製作として取り組んだ。
現在は採掘されていない当時の麻子坑石が必要だったため、
既存の古硯(当時作られた硯)を分解し材料に戻し製硯した。
ただ、この製硯には答えの見つからない点があった。
当時の硯工の絶妙な仕事の辞め時である。
それは量産硯に施せる精一杯の手数の結果だったのか、
はたまた当時の硯工が持ち合わせた製硯イズムだったのか。
どちらにせよ成長を楽しめる姿でまとまっているように感じる。
使い手が育てる余地は残したのか、残ったのか。
今でも正解が見つからない。