歙州眉子紋天然硯

歙州眉子紋天然硯

きゅうじゅうびしもん てんねんけん

20代半ばに出会った石である。
中国江西省龍尾山渓の川底から拾い上げた。
今でも鮮明に思い出される。
架かる石橋から眼下、視認出来る程の美しさを水中から放っていた。
すぐさま潜った。
村民は残骸しかないと話していたが、
私には出会いをふくめて宝石であった。

石は龍尾山系の玉脈、眉子坑の分類である。
元来眉子坑の石は灰色・黒色2色で構成される。
石質は甚だ硬く易々と人の手を受け付けない。
そんな性格だ。
何らかの理由で川に落下したのち、
数百年の時間と自然環境によって育て上げられていた。
性格は転じて柔らかに、姿は深緑を纏った穏やかな自然造形を成していた。

すでに完成された自然美を備えていたが、最小限の手工に限定し硯化を試みた。
この石を育てた環境に己を置き換えて、水の働きを刃先で再現することに注力した。
刀法を見直し「彫って削る」概念を捨て、刃先で撫で、石肌をさらい続けた。
硯の造形文化的に眉子の石紋は、横目での作硯が通例とされるが、
自然の理に抗わずに刀を動かした結果、縦目の姿で落ち着いた。
縁と墨堂の境界は「小縁(こぶち)」を配して高低差を解消した。
縁および背面に残した自然景観と硯造形の両立を模索した。

磨墨の際、落とし張られた水が映し出す景色によって、
使い手を硯の故郷に招き入れることができたとしたら、作り手として本望である。
潜りたい衝動を胸に、墨を当てていただきたい。

  • 硯材|歙州
  • 様式|天然硯
  • サイズ|
    157×128×26mm
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この硯について

撮影:河内彩